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広島地方裁判所尾道支部 昭和36年(モ)14号 判決 1963年4月17日

債権者 三藤静一

同 三藤フキコ

右両名訴訟代理人弁護士 行森孚

債務者 柴崎護雄

同 柴崎花代

右両名訴訟代理人弁護士 原田香留夫

同 荒木宏

主文

当裁判所が昭和三五年(ヨ)第一八号仮処分命令申請事件について昭和三五年三月三一日なした仮処分決定はこれを取消す。

債権者等の本件仮処分申請はこれを却下する。

訴訟費用は債権者等の連帯負担とする。

この判決は第一項にかぎりかりに執行することができる。

事実

債権者等代理人は、「広島地方裁判所尾道支部昭和三五年(ヨ)第一八号仮処分命令申請事件につき、昭和三五年三月三一日同裁判所がなした仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は債務者等の負担とする」旨の判決を求め、その理由として、

一、債権者等は夫婦であり、その間に三藤泰志(本籍松永市松永町二三七番地の一四、昭和二八年九月一一日生)を儲けたが、右泰志は債権者等が結婚後二〇年にして漸く生れた只一人の男児である。債権者等夫婦は終戦後満州から引揚げた後昭和二二年七月頃から同二五年二月頃までは債務者方に同居し、その後は近隣に居住しているものである。

債務者柴崎花代は債権者三藤フキコの実姉で債務者柴崎護雄と再婚したが、債務者等夫婦間には子供はない。

二、三藤泰志は昭和二八年九月一一日出生したが、同月末日頃債権者フキコは悪性盲腸炎手術のため、又債権者等の養女京子が脳手術のためいずれも入院し、債権者静一はその看護に附添わなければならないので、債権者等は右泰志の監護養育方を債務者等に委託した。

三、債権者フキコ、養女京子の二人は約一ヶ月後退院したが、いずれも予後療養を要する容態であつたため泰志を債務者等より引取ることができなかつたが、債務者等は泰志を非常に可愛がり手離すことを惜しんでいたため債権者フキコの健康恢復後も債権者等は泰志の引取方を遷延していた。

四、ところが、債務者等は昭和三二年九月頃までは泰志を連れて債権者方に来訪していたが、その頃から債務者等は泰志を債権者方に行かせず、同三三年頃からは、債権者等が泰志に自宅に遊びに来るようにすすめてもこれに応ぜず、債権者等の長女三藤順子(泰志の実姉)が債務者方に行くと、泰志は「順子帰れ」という有様で、債務者等は泰志をして実父母たる債権者等を敵視する如く教育しているものである。

五、しかして泰志が成長して保育所へ通うことになつた昭和三四年四月八日頃、債権者等は、債務者等が泰志を自己の子の如く柴崎泰志として保育所へ通わせようとしていることを知つたので、もはや引取を延ばすべきでないと決意し、同日頃、債務者等に対し泰志の監護養育の委託を解除し、引渡を求めたが、債務者等はこれに応じなかつた。

六、右委託解除の申入れをした頃から、泰志の債権者等に対する態度が変り、債権者等を馬鹿呼ばわりして近寄らず、嘘つきと罵り、食物を与えれば腐つているから喰べないという様になり、この態度が日に日に増長し、債権者フキコが毎日のように保育所に訪ねて呼びかけるに拘らず馬鹿呼ばわりして逃げ廻る状況であつた。

七、そこで債権者等は昭和三五年二月一六日保育所から泰志を連れ帰り、泰志と一時三原市本町一九五一番地谷川綾夫方に間借りし、債権者静一も休日毎に来りともに両親を敵視する誤解をとき、両親の愛情を感得せしむべく教育し、爾来一六日間漸く両親の愛情を知り信頼し、親子本来の姿に立帰つたので安堵して自宅に連れ帰る日を考えていた。

八、しかるに債務者花代は同年三月二日頃泰志が外出した隙をねらつて同人を連れ帰り自宅に匿して外出せしめず監視して債権者等に引渡さない。

九、債務者護雄は苛酷な性格で、債務者花代は夫である護雄に対し自己を卑下、盲従するものであつて、債務者夫婦の間は冷く離婚の話が持上つたことがある位で、債務者花代はその夫婦仲の円満を図る手段として泰志を利用しているものである。

一〇、債権者等は泰志引渡の訴訟を提起したが、今後泰志を債務者等の手許におくときは、債務者等は泰志に誤つた教育をなし、泰志の債権者等を敵視する観念はいよいよ強固になり、歪んだ性格は日に日に増長し、その精神的悪影響は測り難いものがあつて、本案勝訴の確定判決を待つていてはその執行が無意味なものと

なるおそれがあるので本件申請に及んだと述べ

債務者等の主張に対し、

泰志は未だ一〇才に満たない幼児であつて、物事に対する判断力はなく、その自由意思に基いて債務者方に滞留しているものではない。又債権者等は債務者等主張のような調停申立をなし、右申立を取下げたことは認めるが、右取下は合意の下に取下げたのではない。これは到底調停成立の見込がないと考えて取下げたのである。

かりに双方合意の上右調停を取下げたとしても、右取下げた事情は、調停委員の「泰志を債権者に馴らすように双方努力し、馴れたら債権者において引取るようにしては如何」との勧告があつたので取下げたのであるが、債務者は右の趣旨を無視し、泰志を債権者に近づけぬようにし、債権者を敵視するように仕向けたため、債権者は止むなく訴訟手続を執つたものであつて債務者主張のように親権の濫用ではないと述べた。

債務者等代理人は、主文第一、二、三項と同旨の判決を求め、答弁として、債権者等主張事実中一、二項の事実、三項中債権者フキコ、債権者等の養女京子が一ヶ月間入院していたことは認めるがその余の事実はすべて否認する。

およそ未成年の子供を暴力その他の方法で違法に抑留している者に対し、親権者は監護の義務を尽すためその子の引渡を求めることができるけれども、右未成年の子がその自由意思に基いて居住している場合には親権者はその引渡を求めることはできないというべきである。しかるところ、本件においては泰志は債務者方の環境並にその生活に満足し、その自由意思に基いて債務者方に居住しているものであるから、債務者等は泰志を不法に抑留しているものではなく、債権者等の泰志に対する監護権の行使を妨害しているものではない。従つて泰志の引渡請求権を有しない。

又債権者等は広島家庭裁判所尾道支部に泰志の引渡を求める旨の調停の申立をなし、昭和三五年二月四日の同裁判所の調停期日において、双方合意の上で右調停申立を取下げたが、これは家事審判官及び調停委員が事情聴取の上双方に対し、当分債務者の許で泰志を養育し、同人が債権者に馴れるように配慮しながら時期を待つようにせよと説得し、双方これを承諾して取下げたのである。しかるに本件仮処分申請は右家庭裁判所の措置を全く無視し、且右合意を蹂りんしてなされたものであつて債権者等の請求は親権の濫用である。

さらに泰志が債権者等に親しまないのは、債権者等が真実の愛情に基かない接触や、野蛮な略取行為(債権者主張の七の事実は、泰志が泣き叫んで拒むのに拘らず、氏名不詳の壮漢を使用して略取拉致したものである)をしたために、債権者に嫌悪且恐怖の念を抱いているのであつて、債務者等がことさらに債権者等を嫌悪恐怖せしめるように教育したものではない。又前記家庭裁判所における合意もあつて、本件仮処分の保全の必要性のないことは明らかであると述べた。

疎明として、≪省略≫

理由

債権者等が債務者等に対して、その主張のような被保全権利を有するか否かの点はしばらく措き、債権者等に本件仮処分の必要性が存するか否かの点につき判断する。

債権者等は債務者方の近隣に居住していること、債権者等夫婦は昭和二四年一〇月二九日長女順子を、同二十八年九月一一日長男泰志を儲けたが、債務者等夫婦には子供がないこと、債務者花代は債権者フキコの実姉であること、右泰志出生後間もなく債権者フキコは悪性盲腸炎手術のため約一ヶ月間入院したので債権者等は泰志の監護養育を債務者等に委託し、爾来債務者等は泰志を自己の許で養育していることは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一四号≪中略≫を総合すれば次の事実が認められる。

即ち債権者等は、泰志が保育所へ通うようになり小学校の入学期が近づいてきたので、これを機会に債務者等に対し泰志の引渡を要求したが、債務者等はこれに応じなかつた。そこで債権者等は昭和三四年一二月一八日広島家庭裁判所尾道支部に泰志の引渡を求める調停の申立をしたが、同三五年二月四日の調停期日において、調停委員の説得により泰志を債権者等に馴らすよう双方努力し、馴れたら引渡すということで右調停の申立を取下げたが、債権者フキコは同年二月六日泰志が通つている松永保育所において、泰志が泣いて拒むのに拘らず同人を連れ出し、三原市本町一九、五七二番地谷川綾夫方に間借して泰志と同年三月二日まで起居をともにし、債権者静一、債権者等の長女順子(泰志の実姉)も休日毎に同家に来て泰志をして債権者等に馴れ親しませようと努力していたところ、同年三月二日泰志が外出中債務者花代が同人を自宅に連れ帰り、債務者等は引続き同人を自己の許に居住せしめている。債権者等は債務者等の右の泰志を連れ出した行為を未成年者略取、同監禁罪として広島地方検察庁尾道支部に告訴したが検察官は昭和三五年一〇月二日嫌疑なしとして不起訴処分にしたので、債権者等は右の処分を不当としてさらに尾道検察審査会に審査の申立をしたが、同審査会は検察官のした前記処分を相当と認めた。一方債務者等は泰志の監護養育の委託を受けてから現在に至るまで同人を真実の我が子同様に愛情を以て養育し、泰志も債務者等に親しみ、債務者方の生活環境に満足し、却つて債権者方に引取られることを嫌悪している(尤も泰志は真実の両親は債権者等であることは知つている)。泰志は以前はよく債権者方に出入していたが、昭和三四年頃からは債権者等に近づかなくなり、一時は債権者フキコが松永保育所に泰志に会いに行つても逃げ廻る状況であり、特に債権者等が泰志を保育所より連れ出したことがあつてからは債権者等を警戒し恐れている有様であつた。

右の事実によれば債務者等が泰志を手離すことを惜しむあまり泰志を債権者等に近づけないようにしたことを窺うことができるけれども、又泰志が債権者等に反感を示すに至つたのは債権者債務者間の紛争(感情的対立)、特に債権者等が泰志を保育所より強いて連れ出したことが原因となつていることをも否定することはできない。

債権者等は、債務者等が泰志に対し債権者等を敵視するように誤つた教育をなし、そのため泰志の債権者等を敵視する観念は日に日に強固になつていると主張する。しかし債務者等が泰志を債権者等に近づけないようにしたことは前示のとおりであるが、ことさら泰志に債権者等を敵視するように教育したことを認めるに足る資料は存しない。又債権者三藤フキコの供述(第二回)によれば泰志は昭和三八年八月一三日債権者方において債権者フキコより菓子等を受取つていることが認められるから債権者等を敵視する観念が日に日に強固になりつつあるということもできない。

しかして債務者等の言動、生活態度が泰志の精神身体に甚だしい悪影響を与えていることも認められない。

その他本件仮処分の必要性の存在を肯定すべき事実を認めるに足る疎明はない。

以上のとおり債権者等の本件仮処分申請はその必要性の存在について疎明がないから、さきに当裁判所が発した前掲仮処分決定はこれを取消すとともに、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河基夫)

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